民事信託 ( 家族信託 )とは
信託とは、信頼できる誰かと信託契約を結んで財産の管理・運用を任せ、その財産から得られた利益を受け取る方法のことです。
信託の概要を説明する前に、聞きなれない用語が多く出てきますので、先にそれらについて説明します。
委託者…ご自身の財産管理を委ねようとする人
受託者…委託者に頼まれて財産管理を行う人
受益者…委ねられた財産(信託財産)から得られる利益を受け取る人
信託管理人… 例えば、将来生まれてくるであろう子や孫を受益者に指定した場合、現存しない受益者に代わって受託者を監督する等、受益者の権利を行使する権限をもつ人
信託監督人… 受益者が判断能力の低下した高齢者や障害者等である、または、生まれたばかりの幼児である、等、受益者が受託者を監督することが困難な場合、受益者のために信託事務が適切に遂行されているかを現存する受益者に代わって受託者を監督する人
受益者代理人… 受益者が高齢者、知的障がい者、幼児等であり、受益者としての権利の行使が困難な場合、現存する受益者に代わって受益者の権利を行使する役割を持つ人
信託契約によって管理・運用される信託財産は、委託者や受託者の持つ他の財産とは分けて管理されます。
委託者、受託者、受益者はそれぞれ別の人でなければならないわけではなく、例えば、委託者自身が受益者となることも可能です。
また、先祖代々の資産を他の家系に渡らないようにするため、まだ生まれていない2代先、3代先の子孫を受益者に指定することもできます。
民事信託 ( 家族信託 )では、受託者には通常、ご家族や親戚の方が就任します。契約に定めのある場合、受託者に報酬を支払うことも可能です(ただし、司法書士などの専門家は報酬を得て受託者となることはできません)。
受託者は信託財産の名義人となり、受益者のためとなる目的に限定して、自らの責任と権限で信託財産を管理・処分することができます。さらに、委託者はあらかじめ信託契約によって、「信託管理人」「信託監督人」「受益者代理人」を任意で定めることも可能です。
信託管理人・信託監督人・受益者代理人は委託者と異なり、専門家を含め、誰でも就任することができます。契約に定めのある場合、報酬を支払うことも可能です。
信託管理人・信託監督人は、信託契約に定めがない場合でも利害関係人の申立てによって裁判所が選任することができますが、受益者代理人については、あらかじめ信託契約による定めがない場合には選任できません。
なお、受益者代理人が選任されると、契約内容の変更を含めた受益者の持つすべての権限を受益者代理人が代わって行使することとなり、受益者は受託者の監督以外の権利行使ができなくなります。
民事信託 ( 家族信託 )でできること
民事信託 は、老後や相続の対策に際し、後見制度や遺言では不可能だった、各家庭の事情に沿った形での財産管理や遺産承継が可能という点において非常に優れた手法です。
自由な財産管理ができる
民事信託は、ご自身の財産について利用方法をあらかじめ決めておくことができるため、遺言や後見制度ではフォローできない財産の管理・運用が可能となります。
信託を利用した財産管理の例
障がいのある子供に遺産を毎月定額で受けとれるようにしたい
相続人が一定の年齢に達した時に遺産を渡したい
先祖代々の資産を他の家系に渡らないようにするため、まだ生まれていない直系の子や孫に資産を遺したい
ご自身の判断能力が低下した際に、自宅を処分して施設入所のための資金にしたい
ご自身の判断能力低下後も引き続き生前贈与などの相続税対策や資産運用をしていきたい 等
共有不動産の管理・処分を受託者に集約し、利益を全員で分配できる
民事信託の良いところは、不動産をはじめとする財産の管理処分権を受託者に集約できる点です。
不動産が共有状態の場合、共同相続人全員の同意がないと売却できず、また、誰が管理するかなどについてもトラブルとなる可能性があります。
しかし、不動産の所有権ではなく「信託受益権」を共有し、管理処分に係る権限だけをだれか一人の受託者に集約するよう設定することで、相続人全員の同意を得ることなく、受託者の権限と責任で売却が可能になります。
遺産相続の分割方法を詳細に決められる
会社などの事業継承が必要な場合、誰に持ち株を譲渡し、誰に経営権を託すのか、といったように条件付きの財産承継を行うことができます。
倒産隔離機能がある
信託財産は、原則として委託者や受託者の財産とは別個のものであるため、仮に委託者や受託者が倒産・破産したとしても、信託財産は影響を受けません。ただし、受益者(委託者と受益者が同一人物の場合を含む)が破産した場合、信託財産そのものは隔離できますが、受益権は隔離できませんので注意が必要です
手続きの流れ
- 信託内容の決定
- 最初に、ご自身の財産をどのようにしたいのかといった目的をはっきりとさせなければなりません。
その際、遺言や成年後見制度などと比べて、民事信託 が本当に目的に適ったものなのかといったことも充分に検討する必要があります。
目的が明確になったら、次に信託の内容を決めます。信託の内容で決めなければならないことは主に以下のとおりです。
・委託者、受託者、受益者
・信託監督人の設置(必要に応じて)
・信託する財産
・信託の期間
・残余財産の帰属先
- 信託契約の締結
- 決定した信託の内容を契約書にし、作成した信託契約書を公証役場で公正証書にします。公正証書の作成は法律上定められたものではありませんが、公正証書にしておくことで、後々のトラブルを回避できます。
- 各種手続き
- 信託財産に不動産が含まれている場合、法務局で、委託者から受託者への所有権移転登記と信託登記をおこないます。また、受託者は、信託財産とその他の財産を区別するために、金融機関で信託専用口座を開設する必要があります。
成年後見制度との違い
成年後見についてはこちらのページを参照してください。
成年後見制度は、判断能力の低下した方の財産管理の手法として利用されますが、財産の維持管理が主な目的のため、取消権・代理権・同意権が後見人に与えられることで、望まない法律行為からご本人を守ることができるというメリットがある反面、主に財産の使途に関して、以下のような制限がかかってしまうというデメリットが発生します。
成年後見制度の主なデメリット
ご本人(被後見人)の所有財産は全て開示され、後見人の管理下に置かれてしまう
ご本人(被後見人)のためとなる目的以外の財産の支出(家族の生活費など)が制限される
資産運用、相続税対策などができなくなり、不動産の売却などの際は、家庭裁判裁所の許可が必要となる
後見が続く間、後見人・後見監督人への報酬が継続して発生する
その他、成年後見制度と民事信託との異なる点については、下欄を参照ください。
民事信託 | 任意後見 | 法定後見 | |
---|---|---|---|
期間 | 自由 | 任意後見監督人選任の審判からご本人の死亡、もしくはやむを得ない事情による後見人等の解任まで | 後見開始の審判からご本人の死亡まで (後見人等の辞任・解任の場合、家庭裁判所に後任の選任申立てがされる) |
権限の範囲 | 信託財産の管理 ・権限内であれば、受託者の判断で財産運用、不動産の処分が可能 ※法律行為の代理権・身上監護なし | 契約で定めた範囲内で財産の維持管理 ・投資や運用、財産が減少する行為(生前贈与含む)は不可 ・代理権が付与されている場合、不動産の処分は可能 (合理的理由に乏しい場合、報告の際に問題となる可能性あり) 身上監護 法律行為の代理権 | 財産の維持管理 ・投資や運用、財産が減少する行為(生前贈与含む)は不可 ・不動産の処分は家庭裁判所の許可を得る必要あり 身上監護 法律行為の代理権 |
監督者 | 特になし(信託監督人等の設定は任意 | 任意後見監督人※報告義務有り | 家庭裁判所、後見監督人 (親族が後見人等の場合) ※報告義務有り |
前提となる手続き | 信託契約・登記 | 公正証書による任意後見契約の締結 | 本人、配偶者、四親等以内の親族、検察官、 居住する自治体の首長、などによる家庭裁判所への申立て |
ご本人(委託者・被後見人)の同意 | 必要 | 必要(意思表示できない場合を除く) | 不要(補助人・保佐人への代理権付与の場合は必要) |
ご本人(委託者・被後見人)の死亡後の遺産相続 | 信託設計によって、委託者死亡後も受託者の管理下で資産承継可能 | 相続人等への相続財産の引き継ぎ (遺産相続、遺言の執行などの事務手続きは後見人等の業務範囲外) | 相続人等への相続財産の引き継ぎ (遺産相続、遺言の執行などの事務手続きは後見人等の業務範囲外) |
制度を受けた場合にかかる制限 | なし | なし | 特定の資格・地位の喪失、印鑑登録の抹消(被後見人のみ)、など |
費用 | 信託設計・契約書作成・公正証書の作成・登記等の費用 受託者への報酬(無報酬も可) 信託監督人を設定した場合、監督人への報酬 | 後見人への報酬(任意後見契約による、無報酬も可) 意後見監督人への報酬(家庭裁判所が決定) | 後見人等への報酬(家庭裁判所が決定) 後見監督人への報酬(選任された場合、家庭裁判所が決定) |
遺言との違い
遺言についてはこちらのページを参照してください。
保有する財産を、
「誰に(親族以外の人物を含める、または特定の親族を排除する、等)」
「何を(預貯金、有価証券、車などの動産、自宅などの不動産、等)」
「どの程度の割合で(長男に他の相続人よりも少し多めに相続させる、等)」
「どのようにして渡すか(不動産を売却したお金を、動産を現物で、等)」
といったことについて、ご本人のお考えを反映させる事ができるという点では、民事信託と遺言に違いはありません。
しかし、遺言ではご本人が亡くなった時点で一つ先の代までしか財産の行き先を決めることはできませんが、民事信託の場合、次の代、さらに次の世代といった具合に、連続して行き先を指定することができます。
また、遺言の効力が生じるのは遺言を書いたご本人が亡くなった時で、遺言に基づいた手続きがおこなわれるとそこで終了となりますが、民事信託では終了時期をあらかじめ決められるので、ご本人の生存中はもちろん、亡くなった後にも効力を維持させるように設計することが可能です。
さらに、遺言と異なり、民事信託では使用目的の指定が可能なので、遺した財産を委託者の意向に沿った使い方をしてもらうように決めておけます。
例えば、障碍のある子どもがいた場合、遺言方式ではご本人の死亡後に財産を一括して承継させるため、承継後に子どもが財産を適切に維持管理できない可能性がありますが、民事信託を利用して、遺した財産をその子どもの生活のために使えるように設計しておけば、そういった不安を解消することができます。
このように、民事信託では、遺言ではできない「(何世代か先まで含めて)誰に」「どのようにして使うか(遺された配偶者の生活費のため毎月定額で使いたい、等)」といった点でもご本人の意思を反映できるため、遺言に比べて活用の幅が広がります。
民事信託 ( 家族信託 )以外の制度の利用を考えた方が良い場合
上記の活用例とは逆に、民事信託を利用する必要性が薄いと考えられるケースもあります。
ただ、それぞれのご家庭の事情もありますので、以下に紹介した例に当てはまれば、必ず民事信託以外の選択肢を考えなければならないというわけではありませんが、以下の記事を参考に他の制度の利用も視野に入れるとよいかもしれません。
不動産を所有していない・資産を運用する必要がない
将来、万が一認知症にかかってしまった時に、施設への入所費用に充てるために自宅を売却しようと思っても、ご本人の判断能力が低下していれば、売却の契約をする事が難しくなります。そういった場合に備えて、不動産の処分に制限がかかる成年後見制度ではなく、民事信託を利用するケースは非常に多くあります。
しかし、不動産を所有していなければ、もしくは、所有する不動産を処分する予定がなければ、初期費用が高額になる民事信託を敢えて選択する理由がないといえるでしょう。
また、保有する財産が少なく、財産の維持管理だけで充分な場合も、わざわざ民事信託を利用する必要性は薄いと考えます。
家族と不仲である、受託者となる家族がいない
例えば親の認知症対策のために民事信託を利用した場合、特定の子供が受託者として財産管理の権限を有することになるため、兄弟の仲が悪いと、受託者が親の財産を独占したと受託者以外の子供に思われてしまう可能性もあります。万が一、そうなってしまったら、相続発生時に兄弟間の争うことにもなりかねません。
もしこのようなケースに当てはまる場合、無用な争いを避けるためにも、相続権のある家族全員の民事信託利用の同意が得られるなら、あらかじめ同意を得ておくか、家庭裁判所等の監督下で第三者が財産管理をおこなう後見制度の利用に切り替えるのがよいでしょう。
また、お子様がいらっしゃらないご家庭や、他のご家族と疎遠になってしまっている場合など、ご家族で受託者になってもらえる人を見つけるのが難しい場合、友人や知人に受託者となってもらうことも可能ではありますが、この場合、受託者への信託報酬が発生してしまうかもしれません。
なお、民事信託は、特定の委託者から受託者が営利を目的とせずに引き受ける「非営業信託」で、営利目的の商事信託とは異なります。したがって、「営業目的をもって不特定多数の人から反復継続して信託業務を引き受ける」可能性のある専門家等は、信託報酬を得て受託者となることはできません(親族等は「営業目的をもって不特定多数の人から反復継続して信託業務を引き受け」ないと考えられるため、信託報酬を得ることは可能です)。
委託者の判断能力に問題がある
民事信託を開始するには、委託者と受託者の間で信託契約を締結する必要がありますが、もし委託者が認知症で判断能力が低下した状態であったなら、契約を交わしたとしてもその契約自体が法律上無効となってしまうため、民事信託を利用することはできません。
それだけでなく、委託者となるご本人の判断能力がない状態だと、例え同居するご家族であっても勝手にご本人名義の預貯金を引き出したり、不動産などを処分したりすることができなくなってしまうため、成年後見制度以外に取りうる手段が無くなってしまいます。
もし、民事信託の利用をお考えなら、早めの対策が必要です。